頭の良い人の定義

頭の良い人の定義(自分調べ)

そら

 

ぱんだ子
ぱんだ子

ブログを書いていると思うのです。

なぜこんなにアウトプットがへたっぴなのかと。。自分のこうありたい
願望も含めて、頭の良い人の定義をまとめてみましたよ。

 

 

どんな分野でもかまわないから自分の頭で考え抜いたことがあること。


そして、仮説でも結論が出ていること。

そしてその結論はいくらでも変更が可能で、今の段階でのベストであること。

大抵の人は(自分も)他人の考えや出した結論に、アレコレ言うことの方が圧倒的に多いですよね。

特に私は政治に弱く、政策に対しての自分の考えを持ち合わせていないから、信頼して
いる著名人や媒体の結論を拝借していることを自覚しています。

 

 

思考がきちんと言語化されていること

頭の中のイメージや考えが、ある程度人に伝わるように言語化できる人は本当に素敵だと思います。

 

宇多田ヒカルが、自分の中にしっかりイメージ出来ることは、絶対に人に伝えることが出来ると言っていましたがその、しっかりイメージ出来るためには自分の頭で考え抜くことが大事なんだと思います。

 

その上で、言葉で説明が出来るというのはなんという武器なのでしょうか、なぜもっと義務教育で教えてくださらなかったのかしら。。

 

ぱんだ子
ぱんだ子

仕事でロジカルシンキングのセミナーを受講したけど、ロジカルをシンキングする前の段階のレベルだったな。。

 

すでに誰かが答えを出しているような事だって、自分のフィルターを通さなければ腑に落ちないのと一緒で、自分の頭で考えることの大切さは、早い段階で習慣化されなければとても難しいと感じます。

本を読めとはよく言われたけど、それは語彙が増えるのと描写に詰まったイメージの計算ドリルのようなものなのかもしれないと思います。

 

決断してきた数の多さ

大人と子どもの大きな違いは、単純に「決断の数」だと思います。

その決断をすることで、生活が大きく変わること、誰かを悲しませ、楽しませ、後悔をし、変化を強いられること、それでも決めなくてはいけないことを決めることはある程度責任のあるポストについたことのある人なら大なり小なり経験していると思います。

 

結婚や転職、病気の治療方法、何かをやめたり始めたりすることも含めて誰に相談して決めたことだって最終的には自分が決断して決めなくてはいけないですよね。

 

1日24時間しかない時間の配分から誰にどんな態度を取るのかまで。

地震や災害のとき、どっちに逃げるの?どの情報を信じるの?はっきり言ってわからない時、とっさの判断、決断を迫られた時に冷静な判断が出来るひとの方が少ないと思う。

 

それでも決めなくてはいけないのが大人の世界。

 

とても緊張する場面で決断をすることはリスクを伴うことでもあるから、リスクを取ってきた数ともいえるのかもしれません。

 

今年1年どんなことを決断しましたか?

 

ぱんだ子
ぱんだ子

このブログを始めたことや、家族の不幸を受け入れることや、それに伴って自分と向き合うことを決めたけど、みんな一緒だよね。

40代って今までのようにはいかない、怒涛のように決断すべきことが迫ってくるよね、老い、病気、お金、親など。

 

ネガティブなパワーを別のものに作り変えることが出来る

後悔はちゃんとした方が良いと最近気が付きました。40歳の秋。


ちゃんと後悔しないと、気が付かないうちに「正当化」していることがあるんですよね。

 

「正当化」してしまえば思考停止してそれ以上はなかったことになりますから楽ですしね。

 

後悔というのは、過去の失敗(何もしなかったことも失敗)だから一旦引き受けないと次に繋がらないことの方が多いです。

 

失敗からしか学べないことがあるのだから諦めて受け入れることにしたのです。

行動を起こした後の失敗も、何もしなかった失敗も私は同じ土俵に上げてしまおうと思ってます。


「一番の失敗は何もしなかったこと」とも言うけどそれさえも、ちゃんと後悔すれば次がある。


この負のパワーって結構馬鹿にできなくて、負のパワーって最高に疲弊するから早く逃れたくなるし、そのパワーがやるべきことだけに向くのを待っていれば、人間って単純だから負だろうがエネルギーはエネルギーとして作り変えてくれるんです。

その為の「後悔」
後悔って悔しいもんな、、、すごく!!

 

ぱんだ子
ぱんだ子

私には先見の明がありません。まったく。だからブログなんて2007年に初めていたのに飽きちゃって半年でやめていますし、WEBも会社で学べたのに全然向いていないとこれも諦めています。
きちんとやっていれば今頃、、、、、ずいぶん楽だったな。

 

極端なことから距離を置ける

絶対に、世界的に、誰も気づいていない、ここだけの話、○○なのは日本だけ、化学療法は信じない、毎日食べると健康になる、お金がすべて、お金がすべてじゃない、テレビはくだらないetc


100か0で物事が説明つくことってそんなには多く無いと思うし、もし、極端なことを言いたくなったら、自己責任で人に押し付けないことができる人で自分もありたいです。

 

物事を曖昧にしておくことの大切さと、知識をひけらかさないことって両立できると思うのだけど極端なことって稀なことなのに、インパクトがあるからさも常態化してるように話を盛ってしまう人が多い気がします。

 

つまらなくても、場がしらけても極端なことは結局誰かを陥れたり、傷つけることになると思うから安易に話を盛ったりしないで正直でいられる人って目立たないけど頭が良いなと思います。

 

発信者であること

受け取る情報と発信する情報とあるけど、圧倒的に受け取る情報のほうが多いわけで、でも今の時代は本当に良い時代で誰もが発信者になれますよね。

 

その情報が有益かどうかは別としても、本当にすごい時代だと思う。

私も見ず知らずの一般人のツィッターを何人もフォローしてるし、その人たちのつぶやきも、超がつくほどの有名人のつぶやきもほぼ同列に捕らえている。

こんなことって今更ながら考えられないこと。

別にフォロワーが何万といるとかじゃなくても誰かの「あの人はどう思うのかな?なんて答えるかな?」って思われているひとたちをとても頼りにしています。

 

まとめ

感情や考えを言語化できる人というのは、私は他人とコミニュケーションをとる事を放棄していない人、という意味で頭の良さを感じます。

自分の考えを理解して欲しいなら、持っていなければいけないスキルだけどこれが中々難しい。

ネガティブなことをチャンスと捉えることが出来ることは、その時点でもうプラスって感じ。
思うだけならタダだから今度やってみよう。

 

ぱんだ子
ぱんだ子

こうやってまとめてみて思うのは、自分がこうありたい願望なんだなってことですが、IQ的な天才とか脅威の集中力とかみたいなのはあんまり興味がわかないんですよね。