赤面症だった中学時代

赤面症だった中学時代

キンドルのコレクション整理をしていて「森田療法」の本を見つける。
「森田療法」とは森田正馬によって創始された、日本の心理療法で、主に神経症などの療法として海外でも有名な治療法のひとつ。

私は、中学2年くらいから高校2年まで赤面症だったことをふと、思い出した。真冬なのに顔だけが熱くてたまらず、窓の外に顔だけ出して友達から不思議がられていたっけ?
恥ずかしいことがあると、耳が真っ赤になったり、顔が赤くなったりすることは誰にでもあることだと思うけど、自分はこんなに顔が赤くなって変なのではないか?他人は赤い顔の私を笑っているのではないか?と気になって仕方がなく、社会人になってもしばらく続いたな、、、。なぜ治ったのか思い出してみた。

麦藁帽子の女の子

理由を探しても意味がない

これも一緒に思い出したんだけど、小学生の頃はチック症みたいな感じで顔面をこわばらせる癖があり、しばらく続いたこともあった。
原因は色々なことが複合的に絡み合い、複雑なのでわからないし、正直突き止めてわかったところであまり意味もないと思う。大事なのはそこじゃないと思えないのなら、別の症状で体がいつまでも気づくまで教えてはくれるだろうけど。

どんなときに症状がでるか

本当に些細なとき、友達が飛ばした紙ヒコウキが頭にあたって、ごめん!て謝るクラスメイトに顔が上げられない、授業で当てられると逃げ出したくなる、誰かに呼び止められると顔が見れない、理由はみんな同じ。顔が赤いから。
いったいなんだったんだと思うくらい顔が熱くなって火照ってきて、それがとてつもなく恥ずかしいことで、みんなが笑っているしダサいしどうしたら顔が赤くならないで済むのだろうと真剣に悩んだ。

結局25歳くらいまで治らなかった

症状としては、社会人になっても治らず、25歳くらいまでは赤面症がコンプレックスだった。接客業なのにお客さんに話しかけらても赤くなり、恥ずかしい思いを何度もした。初対面のひとはもちろん、普段全然意識してないひとにも急に顔が赤くなるから気があるんだと思われてたんじゃないかな、、。にきび肌だったのも拍車をかけていたきがする。。

なぜ治ったのか

今、40代になって、会社で恥ずかしかったり大勢の前で話をしたりする場面があっても、緊張はしても顔が赤いから恥ずかしいとは思わなくなっている。理由は簡単で、みんな同じだと経験上わかったから。例えば、手が震える人とか声が震える人、逆に顔が真っ白になる人、社会に出てたくさん見てきたから自分が特別じゃないことに気づいたということ。顔が赤いことに「とらわれる」というのはそれが特別なことだと思い込んでいるからだと思う。みんなは真顔なのに自分だけおかしなことになっている、という錯覚というか思い込みというか、とにかく「赤い」ことに心が奪われてロックがかかった状態とでも言うべきか。あともうひとつ大事なことは、「赤い」ままでもなんとかなるという経験、「赤い」ままでも無事にやり過ごせた経験の積み重ねで、次第に特別でもなんでもなくなりじきにとらわれなくなっていった。
日常生活を「とらわれ」で放棄してしまわないこと。これは「森田療法」にも重要事項としてかいてある。

まとめると

  • 原因や理由は考えず、日常生活を続ける
  • 赤くなっても、他人が笑っているとか変に思われるとか想像しない
  • 自分だけが特別な人間だと思わない
  • 森田療法の本を読む